プラトンを根拠とする教育の定義

そもそも教育とは何であるのかを理解してない某大臣などもいらっしゃるようで困った限りです。

とはいっても、教育とは何であるかをその根拠込みで教わった人もそう多くないと思うのでメモとして残しておこうと思います。

 

・教育とは何であるか?
wikipediaから引用しますが下記の根拠による限り概ね正しいと思われます。
"教育(略)は、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、心と体の両面に、意図的に働きかけることである"

 

・教育が上記の通りである根拠は?
この教育の定義は最初の大学であるアカデメイアを作ったプラトンとその弟子のアリストテレスが採用していたものです。※私塾・学園はたくさんありました。
大学や西洋式教育機関の元になった教会はプラトンの方針を受け継いでいるので、
この定義は引き継がれていると言っていいでしょう。

 

・アップデートされていないのか?
プラトンの哲学によれば参加者の合意が形成できれば定義を更新することができます。
が、教育の定義について細分化はされても教育そのものは更新されていません。

 

・教育は誰の責任であるか?
アリストテレスは"意図的に働きかけることである"ことであるので働きかける主体の責任であるとしています。
社会的な教育なら社会の責任、業務に必要な教育なら企業の責任ということですね。


・教育方針は自由であるか?
教育方針はその責任者の自由ですが、これは教育者の自由という意味ではありません。
社会的な教育の責任者は社会なので、社会の求める方針をとらなければならないでしょう。

特に決められてない分野や企業が業務のために施す教育は社会に反しない範囲で自由でしょう。

 

・幼稚園の教育は社会的な教育か?
幼稚園に限らず日常会話などの幼年教育を行わなかった人間は社会に適応できないので幼年教育は社会的な教育そのものです。

 

・社会の求める教育とは何か?
日本は民主主義政治をとっているので政府が立法した教育が社会の求める教育と言っていいでしょう。

 

・政府の立法した教育とは
教育基本法があるのでwikisourceから引用します。
https://ja.wikisource.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD)


"第一章 教育の目的及び理念
(教育の目的)
第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。"

なお、幼年教育や社会教育についても定義されています。

 

教育勅語は社会的な教育として採用できるか
教育勅語天皇から与えられたものであり、日本が国民主権をうたう以上はそのまま採用することはできません。反社会的行為です。

天皇に関する記述を削除して単なる幼稚園の教育方針とすれば反社会的な要素はないので特に問題はないでしょう。

なお、教育勅語日本国憲法施行の一か月前に失効しています。

 

・差別主義を教育する自由は有るか?
国民の総意として差別の解消が宣言されているので、差別主義を教育するのは反社会的行為となり許されません。

 

・国民の総意として差別の解消が宣言されているってホントに?
本音や実行力はともかく歴代総理はそう答弁しています。

 

なお法学や教育学の専門家というわけではないので間違いがあるかもしれません。指摘をもらえれば修正します。